2019年11月19日火曜日

絵心


りじちょ~には絵心がある。

繰り返す、りじちょ~には絵心がある(-.-



例えばこちら。




ええ、スヌーピーですね。
どこからどう見てもスヌーピーですね。


「コアラのマーチ」とか
「横から見た0系新幹線」とか
さんざんな言われようですが、スヌーピーですね(-.-



2019年10月24日木曜日

2019年10月8日火曜日

街中の絶叫

昨日の帰り道、夜の大阪の街を自転車で走っていると、
マンションから人の絶叫が。

何かと思ったら……




阪神が追加点を挙げてた(-.-
※CS3戦目

2019年9月27日金曜日

夏のパプリカ


息子は米津玄師のパプリカが好きで、よく歌っている。











息子よ、キミは何一つ間違ったことは言っていない。
だが違う(-.-


※正解:「夏が来る、影が立つ」

2019年9月26日木曜日

フリースクールと野球と

りじちょ~は野球が好きだ。観戦もプレイもする。
だが、フリースクールみなもでは、いや、フリースクール全体で、あまり野球は盛んではない。なぜか。

実はフリースクールと野球は、超絶相性が悪い。

なぜか。以下真剣に(笑)考察してみよう。


相性が悪い理由1:休まれると困る!

(多くの)フリースクールの原則は「参加不参加が自由」であることだ。
当日気が向いたらキャンセルしてもよい、という合意で動いている。ところが…

野球は、休まれると困る。
サッカーなら、万一人数が減ってもメッチャは困らない。ちょっとは困るが。
11対11のところを9対9でも成立するし、11対10でも一応プレイできる。
ドッジボールやバスケなども同じく。

ところが野球は、例えばライトがいなくなる
明らかにポジションに大穴が開く。こういう時、相手チームから守備だけ貸してもらったりするが、相手チームに負担・迷惑をかけてしまう。
人数が9人揃わなかったときのダメージが、他のスポーツより大きいのだ。

てゆっか根本的な問題として、まず9人揃えることが至難(-.-
まして9人揃うフリースクールを複数集めて対戦することは、さらに至難。
試合が成立しないと、モチベーションも維持できない。


相性が悪い理由2:初心者のハードルの高さ


野球が成立するためには、
・バットにボールを当てる
・ストライクを取る
・フライを取る
・ゴロを取り、1塁に正確に投げる

これができないと、試合が成立しない。
だが、これが難しい
ストライクを取るのは、ガチの経験者でもできない人は多い。
フライは、プロは簡単に取っているが、初心者は落下点に入れるだけで褒められるくらい難しい。ゴロ処理も然り。
うちの息子(3歳)は1年近くバットを振っているが、未だにバットにボールを当てるだけで苦労している。

要は、初心者がゲームに参加できるようになるまでのハードルが非常に高いのだ。
サッカーはとりあえず蹴れればゲームらしいことはできるが、野球は初心者だけではゲームの成立から難しい。

特に投げる動作は、幼少期のうちに体験していないと大きくなってから習得するのは難しいと言う(神経系の成長の理由から)。
野球というスポーツは、幼少期からテレビで見ている、親が好き、などで馴染んでいて、「この選手みたいになりたい」「ホームランが打ちたい」など、ロマンを持って何年も繰り返していない限り難しいのだ。


相性が悪い理由3:本質的にトップダウンな競技


同じくフリースクールの特徴として、子ども達も含めてみんなで決めていく、いわゆる「ボトムアップ」的な在り方であることが多い。
ところが、これもまた野球と相性が悪い。野球は、ある程度「トップダウン」でないとうまく行かないのだ。

例えばポジション決め。
みんなのポジションを決める時、外野が5人では困る。
キャッチャーの希望者がいなくても、誰かが行かねばならない。
またポジションにはある程度明らかな序列があり、初心者の野球ではうまい子がファースト・レフト、あまりうまくない子がセカンド・ライトあたりというのが暗黙の了解だ。自分から序列の下位には行きたくない。

打順はもっとわかりやすく、6~9番が明らかな下位。同じく誰も進んではそこに行きたくない。

…となると、なかなか話し合いではスムーズにはいかない。結局は決定権を持っている誰かがバシッと決めないとうまく行かないのだ。
多くの学校の部活でやっている(最近は緩くなってるようだが)、軍隊チックな上下関係の厳しい体制に他のスポーツより陥りやすいのには、一応の理由がある。一部のそういった部活動は行き過ぎとしても、ある程度トップダウンにはならざるを得ない競技なのだ。

もちろん、うまくやってボトムアップ型組織にできる可能性はゼロではない。しかしそのためには、メンバー全員が野球のルールや戦略、チーム状態などに深い理解を持つ必要がある。初心者の集まるフリースクール野球では、なかなかそれがうまく行くまでには行かないだろう。


以上、どーでもいいことを真面目に考察したコラムでしたヾ(-.-

2019年9月18日水曜日

「フリースクール」とは何か


ここまでとりとめもないことばかり書いてきた当ブログ。
スタッフに「あんなブログに『いいね!』がつくのが悔しい」と言われてしまう始末。(-.-シツレイナ
でも真面目なことも書くんですからねっ!


てなわけで今日は「フリースクールとは何か」。

はい、ある意味永遠のテーマです。
フリースクールを調べる子ども達や親御さんからは「どんな場所かよくわらかない」と言われるし、大学の研究者はまず「フリースクールの定義」に四苦八苦する。

なぜか。それは、それぞれの「フリースクール」にあまりにも共通点が少なすぎるからだ。


日本の「フリースクール」に共通しているのは、「不登校の子どもが通っている」のみである。
ではその通ってきた子ども達が何をしてるのか、それはフリースクールによって千差万別だ。その日にすることは自分で決める「居場所」形式が多数派であるとは言えると思うが、学習サポートがメインの所もフリースクールと名乗ったりする。
学校に対するスタンスも、必ずしも学校復帰にこだわらない所もあれば、学校への復帰を最終目標にしている所もある。
つまり、活動内容や理念では定義できないということだ。

ただし、フリースクールの「源流」に立ち戻るなら、その発祥はイギリスの「サマーヒルスクール」であると言われている。こちらは別の記事で詳しく取り上げようと思うが、簡単に言えば子ども達の「自由」と「自治」を重んじた学校である。このサマーヒルスクールと近しいコンセプトで活動しているフリースクールが、フリースクールの「元々の意味」に近いとは言える。


以上をまとめて、私は「フリースクールとは何か」と聞かれた時、次のように答えるようにしている。

・共通点は「不登校の子どもが通ってきている」のみである
・では不登校の子が来て何をしているかは千差万別である
・子ども達の自由を重んじた「居場所」が多数派ではあるが、そうでない所も多い
・ゆえに子ども達が集まって「何をしている所か」をしっかり見てほしい
・最終的には、子どもが求めるニーズや「ここがいい!」という直観によって選んでほしい
・一応西洋のサマーヒルスクールが源流とは言われている

「フリースクールみなもはこんなところです」という説明はしても、「フリースクール」自体については上記を伝えた上で「これこそがフリースクールだ」とは断言しないようにしている。みなもの活動はフリースクールの一形態ではあっても、それはフリースクールの絶対的な姿ではないのである。